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恩師の思い出を語る会 [ぶつぶつ]

大学の恩師が昨年の12月に逝去され、同窓の研究室OBが集まって先生を偲ぶ会が開かれました。

ちょうど研究室を引きついだ現教授が一つ上の先輩で、同じ役職の「総務」を担当していたことから「君が司会をやれ」とのことで、お引き受けしてきました。

大学本部横にあるホテルで、土曜日の午後2時から2時間でした。当日は同じホテルで結婚披露宴も予定されていたので、平服での集まりとなり、タイトルも「偲ぶ会」から「思い出を語る会」に変えたのもホテル側の要望です。12時過ぎにホテルに入り、会場の設営から受付、主賓へのご挨拶など、バタバタしましたが、無事の開会となりました。

こうした会合ですと欠席者が2割くらい出るかと思いましたが、1割弱にとどまり、総出席は160名を超える盛大な会となりました。開場後、棘を外した白薔薇を遺影に献花していただき、開会の辞でスタート、研究室に所縁の深い先輩にご挨拶をいただき、献杯して懇談会となりました。会の後半では、皆さんお酒も入ってきて司会の声も届かないこともありましたが、何とか無事に大役を終えることができました。最後は大学の応援部とチアリーダーが来てくれて先導してもらい、応援歌と校歌を斉唱してお開きです。その後同期が先生の遺影の前に集合して写真を撮りました。我々の代は、学年別では16名中の9名と半数以上の出席があり、出席率は一番高かったです。やはりこのところの泊りがけツアーのおかげですね。懐かしい時間を過ごすことができました。

2次会では高田馬場駅の近く、40年前にも通った「ニュー浅草」さんという居酒屋で3時間ほど騒いでから、帰路につきました。途中から、仕事で会に出席できなかったAY君も合流してくれて、相変わらずの昔話に花を咲かせました。

またIK君が懐かしい紙を取り出してくれて盛り上がりました。当時の研究室では材料に繰り返し負荷を与えて劣化を調べる試験を行っていました。試験を開始すると数日間はデータを取るために1時間毎にチェックに行かなければなりません。そのため、ほとんどのチームが大学に泊まり込んでいました。そんなことから「徹夜杯」なるものがあり、それぞれの宿泊回数をカウントしていたわけです。上の3人は修士2年、次の3人が修士1年、その下の5チーム10名がそれぞれ同じ卒論テーマを担当していた4年生です。4年生チームの内、3チームは修士2年に指導を受け、下段の2チームは指導教官の先生から直接指導を受けていました。

文面にはこんなことが書かれてあります。

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相変わらずIUの首位は続いている。長い間、精神的苦痛にもめげず首位を死守しているIUには頭が下がる。また一差で追っていたTHもぴったりと2位につけている。どこの世界にもこのようなせこいやつがいることは確かである。ゴール間ぎわで抜こうとしていることは見え見えであるだけに、はたしてIUはこれを許すだろうかみものである。なんといってもIUには今般たのみの無効徹夜がないのが、大きく独走できない原因であろう!3位にはM2のTDが追い上げてきた。しかし、徹夜をとるか、女をとるかという時に、精神的強さに欠けるきらいがあるので、そこが心配である。4年グループは1強2弱1かやの外、1番外という状況である。終節に向かって、皆がんばることを期待する。(884スポーツ 文責 IK)

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とあります。無効徹夜というのは、おそらく研究ではなく飲み会などで帰宅できなくなって大学に泊まったのではなかったかと思います。何年も使いまわされていた臭い寝袋に入って硬い椅子を並べたベッドで睡眠をとっていましたが、こんなおふざけで楽しく頑張っていました。

懐かしい思い出です。


応援団.jpg

集合1.jpg

集合2.jpg

徹夜杯.jpg

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